邂逅
邂逅 一
◆ゴシックロマン『薔薇伯爵』シリーズ10◆

一夜明けてルシフェルとクリフォードが泊まった宿は静かな朝を迎えていた。昨夜遅くまで酒を酌み交わして酔っぱらっていた男たちの姿はそこにはもうなかった。
「おや・・・旦那・・・もうご出立で・・・?」
宿屋の主が二階から下りてきた外套姿のクリフォードを見て目を円くさせた。
「我々は先を急いでいる。世話になったな。」
淡々と話すクリフォードに主は残念そうな顔を向けた。
「それは急なことで・・・もっとゆっくりお泊りいただいてもよかったのに・・・」
「・・・」
無言で冷たく睨み返すクリフォードに主は一瞬身を竦ませた。
「朝食はいいんですかい・・・?何なら今から用意を・・・」
慌てた主の前にいつのまにかルシフェルが立っていた。
「クリフォード、何をしている?馬車の用意は出来ているのか?」
突然現れたルシフェルの姿に宿の主は目を見開いた。昨夜は暗がりではっきりとその顔を見ていなかったが、朝の明るさの下で見るルシフェルの容姿は一段と美しく煌めいていた。
透き通るような白い肌は一層儚い美しさを湛えて、まるでこの世のものとは思えなかった。背中を豊かに流れる長い金髪は絹糸のように眩しいほど艶やかであった。何よりも人形のように整った鼻梁や硝子細工のような蒼い瞳、薔薇のように紅く可憐な唇はこの世のものとは思えないほど神秘的でさえあった。そんなルシフェルに主が目を奪われたのも無理もなかった。女でもこれほどの美貌は滅多に出会えるものではなかった。
「何を見ている?」
呆然と自分を見つめる主にルシフェルは眉根を寄せた。はっと我に返った主はあたふたと顔を赤らめた。
「へへっ・・・これは失礼を・・・若い旦那があまりにも別嬪さんなもんでつい・・・」
ルシフェルは呆れたように小さな溜息を吐くと吐き捨てるかのように言葉を漏らした。
「ふん・・・いいからさっさと荷物を運んでくれないか?」
「へえ・・・」
主は仕方なさそうに若い男たちを呼び寄せると急いで部屋から荷物を運ばせた。
「おい、乱暴に触るな。気を付けろ。それは大事なものだ。丁重に扱え。」
女のように綺麗な顔とは裏腹にきつい怒声を浴びせてくるルシフェルに男たちは困惑しながら二階の部屋から黒い棺桶を運び出した。
見事な細工が施された立派な棺桶が目の前を通り過ぎるのを見て、さすがの主もその中身が気になって仕方なかった。
「旦那・・・その荷物は一体何で・・・?まさか中にはホトケさんが・・・?」
「余計な詮索はするなと言わなかったか?黙って荷物を馬車に運べ。」
「へ、へえ・・・」
クリフォードに冷たく睨み付けられて主はまたも萎縮した。
そうこうしているうちに黒い棺桶はクリフォードの指示で馬車の中に積み込まれた。
「これでいいですかい?旦那・・・」
「ああ・・・ご苦労・・・」
そう言って静かに微笑んだルシフェルを見て、若い男たちは皆胸を射抜かれたように立ち尽くした。ルシフェルが傍を通り過ぎた瞬間、風に靡いた金色の髪から仄かに薔薇の香りが漂った。いつのまにか男たちは妖しくも美しいルシフェルの匂いに誘われていた。そんな男たちをルシフェルは愉快そうに横目で流し見た。男たちはその視線にまるで囚われたようにうっとりと放心していた。
「ルシフェル様、どうぞ中へ・・・」
突然男たちを遮るようにクリフォードが現れたかと思うと、隠すようにルシフェルを先に馬車に乗せた。そんな光景に男たちが呆気にとられているとクリフォードも続けて馬車に乗り込もうとした。そのとき宿の主が慌ててクリフォードを呼び止めた。
「旦那・・・そんなに急いで何処まで行きなさるんで・・・?この先の街道は山賊が出るともっぱらの噂だ。悪いことは言わねえ・・・反対側の峠を越えた方が身の為だ。」
「何・・・?」
「先日の長雨と土砂崩れで街道が通れなくなっちまっている。やつらも必死なのさ。獲物がめっきり減って何やらかすかわかったもんじゃ・・・」
「忠告は感謝するが・・・そんな遠回りしている時間はない。」
クリフォードは馬車に乗り込むと急いで走らせるように御者に告げた。
「旦那、あっしの話を信じてないんですかい?本当に山賊は・・・」
宿の主の忠告を最後まで聞かずにルシフェルたちを乗せた馬車は街道に向かって走り出した。それには主も呆れたように首を横に振るしかなかった。
「何処のお貴族様だか知らねえが・・・人の忠告は素直に聞くもんだ。」
心配そうに見送る主に宿屋の男たちは残念そうに不満の声を漏らした。
「おい、オヤジ・・・何でやつらを引き止めなかったのさ?もったいねえ・・・あれじゃ山賊たちのいいカモじゃねえか。あいつらからもっと金をふんだくればよかったのによ。」
「そうさ・・・久しぶりの上客だっていうのに・・・それにあの若い旦那・・・男にしとくのがもったいねぇほどの別嬪だったぜ。」
「ああ・・・たまんねぇ。あのにいちゃんだったらオレ・・・いっぺんでもいいから抱いてみてぇ・・・」
興奮する若い男達を見て主も苦笑した。
「よさねぇか。あれはどう見ても普通じゃない。おまえたちが相手に出来るような客じゃねえ。わかったらさっさと部屋を片付けてこい。」
「ちぇっ・・・つまんねぇな。」
三人の男たちは不貞腐れたように不満を漏らすと二階の客室にいそいそと向かった。
男たちはルシフェルとクリフォードが使っていた部屋に足を踏み入れた途端、歓喜に目を輝かせた。
「おい、何かお宝が落ちているかもしれないぜ。」
「ひゅーっ、それじゃ早速お宝探しといこうじゃないか。」
部屋の中に金目の物が残っていないかと男たちは一斉に物色を始めた。だが整然と片付けられた部屋の中にはテーブルの上に昨夜の食事の残骸が残されているだけで他に何も見つけられなかった。
「なんだ・・・残念。宝石の一つでも転がっているかと思ったのに・・・」
「ばーか、そんなに簡単に落ちているかよ。もっと隅々まで探せよ。」
それは宿屋で働く男達の日課のようなものだった。毎日客が引き払った後の部屋を掃除する名目で、こうして何か忘れ物がないかと探し回っていた。もちろん拾ったものは何であろうと自分のものに出来た。やっていることは盗賊たちとさほど変わらなかった。
「おい、おまえ・・・さっきから何やっているんだ?」
一番歳若い男がベッドの中に顔を埋めているのを見て、もう一人の男が怪訝そうな顔をした。ベッドに顔を埋めた男は何やら敷布の匂いを嗅いでいるようだった。
「このベッド・・・すげえいい匂いがする・・・花のような・・・」
「どれ・・・?」
気になった男も思わずベッドに顔を近付けていた。確かに何とも言えないいい匂いが鼻についた。
「これは・・・?」
「ああ・・・これ・・・あの綺麗な顔した男の匂いだ。甘くて・・・美味しそうな・・・」
まるで熱に侵されたように恍惚とした男が自らの股間に手を伸ばしていた。男は我慢出来ずに股間を手で押さえていた。
「ああっ・・なんか変な気分だ・・・体が熱くて・・・はぁ・・・おかしくなりそう・・・」
突然熱く息を乱して発情した男を慌ててもう一人の男がベッドから引き摺り下ろした。
「しっかりしろ。おまえ熱でもあるのか?」
肩を揺さぶられてはっと我に返った男はまるで夢でも見ていたかのように呆然と目を見開いた。
「オレ・・・今何を・・・?」
「覚えていないのか?おまえ今・・・」
「・・・?」
呆然としたままの男を突き放すと、確かめるように男はベッドにもう一度顔を近づけた。その匂いを嗅いだ途端、男の眉間に皺が寄せられた。
「こいつは・・・薔薇の匂いだ。男のくせにこんな甘ったるい香水つけやがって・・・」
男は思わず鼻と口を手で塞いでいた。自分も可笑しな気分になりそうなのを必死で抑えようとした。息苦しさに男はベッドから離れると急いで部屋の窓を開けた。外からの風に漸く呼吸をすることが出来て男はほっと胸を撫で下した。
今のは一体何だ・・・?胸が苦しくなるほど甘く淫らな・・・こんな気分は初めてだ。
「それは香水の匂いなんかじゃない・・」
「えっ?」
長身の男が不気味に笑ったのを見て他の二人は驚いて振り返った。
「あいつ・・・オヤジの言う通り普通じゃない・・・魔性だ・・・」
「・・・?!」
「まったくだ。同じ男とは思えないな。ありゃ人間じゃねぇ・・・化け物かもしれねぇなあ・・・」
「化け物・・・?!」
面白そうに笑い出した男を見て、気の弱そうな歳若い男は思わず腰を抜かしそうになった。
「おまえらも見ただろう?あの棺桶・・・きっと中には餌となる人間が入っていたんだぜ。」
「よせよ・・・気味の悪い・・・」
「オレ・・・聞いたんだ。昔・・・この先の森で化け物に襲われて死んだ人がいるって・・・」
突然話し出した長身の男にもう一人の男も眉を顰めた。
「やめろよ・・・そんな作り話・・・」
「本当さ。体中の血を全部吸われて死んでいたって・・・その事件以来その森は夜な夜な怪物が出るって言われて立ち入り禁止令が出たっていうくらいだ。」
「おい、まさかあいつもそうだって言うんじゃ・・・」
「何びびっているんだ?本当にあいつに食われるとでも思ったのか?」
からかうように笑い出した男の言葉に一番若い男はへなへなと床に崩れ落ちた。
「冗談なのか?やめてくれよ。本気にしちまったじゃねぇか。」
恐怖に顔をひきつらせた男に長身の男は冷やかに笑ってみせた。
「森で怪物に襲われたって話は嘘じゃない。昔オレの親父が目撃したらしい。若い男が何者かに襲われて死んだところを・・・駆けつけたときにはすでに息はしてなくて・・・首筋に血を吸ったような跡が残っていたって・・・」
「そういえばあいつ・・・血のように紅い唇じゃなかったか?」
「・・・?!」
背中に冷たい戦慄が走った。いつのまにか三人は逃げるように部屋から飛び出していた。
■画像はSilverry moon light様からお借りしています。
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一夜明けてルシフェルとクリフォードが泊まった宿は静かな朝を迎えていた。昨夜遅くまで酒を酌み交わして酔っぱらっていた男たちの姿はそこにはもうなかった。
「おや・・・旦那・・・もうご出立で・・・?」
宿屋の主が二階から下りてきた外套姿のクリフォードを見て目を円くさせた。
「我々は先を急いでいる。世話になったな。」
淡々と話すクリフォードに主は残念そうな顔を向けた。
「それは急なことで・・・もっとゆっくりお泊りいただいてもよかったのに・・・」
「・・・」
無言で冷たく睨み返すクリフォードに主は一瞬身を竦ませた。
「朝食はいいんですかい・・・?何なら今から用意を・・・」
慌てた主の前にいつのまにかルシフェルが立っていた。
「クリフォード、何をしている?馬車の用意は出来ているのか?」
突然現れたルシフェルの姿に宿の主は目を見開いた。昨夜は暗がりではっきりとその顔を見ていなかったが、朝の明るさの下で見るルシフェルの容姿は一段と美しく煌めいていた。
透き通るような白い肌は一層儚い美しさを湛えて、まるでこの世のものとは思えなかった。背中を豊かに流れる長い金髪は絹糸のように眩しいほど艶やかであった。何よりも人形のように整った鼻梁や硝子細工のような蒼い瞳、薔薇のように紅く可憐な唇はこの世のものとは思えないほど神秘的でさえあった。そんなルシフェルに主が目を奪われたのも無理もなかった。女でもこれほどの美貌は滅多に出会えるものではなかった。
「何を見ている?」
呆然と自分を見つめる主にルシフェルは眉根を寄せた。はっと我に返った主はあたふたと顔を赤らめた。
「へへっ・・・これは失礼を・・・若い旦那があまりにも別嬪さんなもんでつい・・・」
ルシフェルは呆れたように小さな溜息を吐くと吐き捨てるかのように言葉を漏らした。
「ふん・・・いいからさっさと荷物を運んでくれないか?」
「へえ・・・」
主は仕方なさそうに若い男たちを呼び寄せると急いで部屋から荷物を運ばせた。
「おい、乱暴に触るな。気を付けろ。それは大事なものだ。丁重に扱え。」
女のように綺麗な顔とは裏腹にきつい怒声を浴びせてくるルシフェルに男たちは困惑しながら二階の部屋から黒い棺桶を運び出した。
見事な細工が施された立派な棺桶が目の前を通り過ぎるのを見て、さすがの主もその中身が気になって仕方なかった。
「旦那・・・その荷物は一体何で・・・?まさか中にはホトケさんが・・・?」
「余計な詮索はするなと言わなかったか?黙って荷物を馬車に運べ。」
「へ、へえ・・・」
クリフォードに冷たく睨み付けられて主はまたも萎縮した。
そうこうしているうちに黒い棺桶はクリフォードの指示で馬車の中に積み込まれた。
「これでいいですかい?旦那・・・」
「ああ・・・ご苦労・・・」
そう言って静かに微笑んだルシフェルを見て、若い男たちは皆胸を射抜かれたように立ち尽くした。ルシフェルが傍を通り過ぎた瞬間、風に靡いた金色の髪から仄かに薔薇の香りが漂った。いつのまにか男たちは妖しくも美しいルシフェルの匂いに誘われていた。そんな男たちをルシフェルは愉快そうに横目で流し見た。男たちはその視線にまるで囚われたようにうっとりと放心していた。
「ルシフェル様、どうぞ中へ・・・」
突然男たちを遮るようにクリフォードが現れたかと思うと、隠すようにルシフェルを先に馬車に乗せた。そんな光景に男たちが呆気にとられているとクリフォードも続けて馬車に乗り込もうとした。そのとき宿の主が慌ててクリフォードを呼び止めた。
「旦那・・・そんなに急いで何処まで行きなさるんで・・・?この先の街道は山賊が出るともっぱらの噂だ。悪いことは言わねえ・・・反対側の峠を越えた方が身の為だ。」
「何・・・?」
「先日の長雨と土砂崩れで街道が通れなくなっちまっている。やつらも必死なのさ。獲物がめっきり減って何やらかすかわかったもんじゃ・・・」
「忠告は感謝するが・・・そんな遠回りしている時間はない。」
クリフォードは馬車に乗り込むと急いで走らせるように御者に告げた。
「旦那、あっしの話を信じてないんですかい?本当に山賊は・・・」
宿の主の忠告を最後まで聞かずにルシフェルたちを乗せた馬車は街道に向かって走り出した。それには主も呆れたように首を横に振るしかなかった。
「何処のお貴族様だか知らねえが・・・人の忠告は素直に聞くもんだ。」
心配そうに見送る主に宿屋の男たちは残念そうに不満の声を漏らした。
「おい、オヤジ・・・何でやつらを引き止めなかったのさ?もったいねえ・・・あれじゃ山賊たちのいいカモじゃねえか。あいつらからもっと金をふんだくればよかったのによ。」
「そうさ・・・久しぶりの上客だっていうのに・・・それにあの若い旦那・・・男にしとくのがもったいねぇほどの別嬪だったぜ。」
「ああ・・・たまんねぇ。あのにいちゃんだったらオレ・・・いっぺんでもいいから抱いてみてぇ・・・」
興奮する若い男達を見て主も苦笑した。
「よさねぇか。あれはどう見ても普通じゃない。おまえたちが相手に出来るような客じゃねえ。わかったらさっさと部屋を片付けてこい。」
「ちぇっ・・・つまんねぇな。」
三人の男たちは不貞腐れたように不満を漏らすと二階の客室にいそいそと向かった。
男たちはルシフェルとクリフォードが使っていた部屋に足を踏み入れた途端、歓喜に目を輝かせた。
「おい、何かお宝が落ちているかもしれないぜ。」
「ひゅーっ、それじゃ早速お宝探しといこうじゃないか。」
部屋の中に金目の物が残っていないかと男たちは一斉に物色を始めた。だが整然と片付けられた部屋の中にはテーブルの上に昨夜の食事の残骸が残されているだけで他に何も見つけられなかった。
「なんだ・・・残念。宝石の一つでも転がっているかと思ったのに・・・」
「ばーか、そんなに簡単に落ちているかよ。もっと隅々まで探せよ。」
それは宿屋で働く男達の日課のようなものだった。毎日客が引き払った後の部屋を掃除する名目で、こうして何か忘れ物がないかと探し回っていた。もちろん拾ったものは何であろうと自分のものに出来た。やっていることは盗賊たちとさほど変わらなかった。
「おい、おまえ・・・さっきから何やっているんだ?」
一番歳若い男がベッドの中に顔を埋めているのを見て、もう一人の男が怪訝そうな顔をした。ベッドに顔を埋めた男は何やら敷布の匂いを嗅いでいるようだった。
「このベッド・・・すげえいい匂いがする・・・花のような・・・」
「どれ・・・?」
気になった男も思わずベッドに顔を近付けていた。確かに何とも言えないいい匂いが鼻についた。
「これは・・・?」
「ああ・・・これ・・・あの綺麗な顔した男の匂いだ。甘くて・・・美味しそうな・・・」
まるで熱に侵されたように恍惚とした男が自らの股間に手を伸ばしていた。男は我慢出来ずに股間を手で押さえていた。
「ああっ・・なんか変な気分だ・・・体が熱くて・・・はぁ・・・おかしくなりそう・・・」
突然熱く息を乱して発情した男を慌ててもう一人の男がベッドから引き摺り下ろした。
「しっかりしろ。おまえ熱でもあるのか?」
肩を揺さぶられてはっと我に返った男はまるで夢でも見ていたかのように呆然と目を見開いた。
「オレ・・・今何を・・・?」
「覚えていないのか?おまえ今・・・」
「・・・?」
呆然としたままの男を突き放すと、確かめるように男はベッドにもう一度顔を近づけた。その匂いを嗅いだ途端、男の眉間に皺が寄せられた。
「こいつは・・・薔薇の匂いだ。男のくせにこんな甘ったるい香水つけやがって・・・」
男は思わず鼻と口を手で塞いでいた。自分も可笑しな気分になりそうなのを必死で抑えようとした。息苦しさに男はベッドから離れると急いで部屋の窓を開けた。外からの風に漸く呼吸をすることが出来て男はほっと胸を撫で下した。
今のは一体何だ・・・?胸が苦しくなるほど甘く淫らな・・・こんな気分は初めてだ。
「それは香水の匂いなんかじゃない・・」
「えっ?」
長身の男が不気味に笑ったのを見て他の二人は驚いて振り返った。
「あいつ・・・オヤジの言う通り普通じゃない・・・魔性だ・・・」
「・・・?!」
「まったくだ。同じ男とは思えないな。ありゃ人間じゃねぇ・・・化け物かもしれねぇなあ・・・」
「化け物・・・?!」
面白そうに笑い出した男を見て、気の弱そうな歳若い男は思わず腰を抜かしそうになった。
「おまえらも見ただろう?あの棺桶・・・きっと中には餌となる人間が入っていたんだぜ。」
「よせよ・・・気味の悪い・・・」
「オレ・・・聞いたんだ。昔・・・この先の森で化け物に襲われて死んだ人がいるって・・・」
突然話し出した長身の男にもう一人の男も眉を顰めた。
「やめろよ・・・そんな作り話・・・」
「本当さ。体中の血を全部吸われて死んでいたって・・・その事件以来その森は夜な夜な怪物が出るって言われて立ち入り禁止令が出たっていうくらいだ。」
「おい、まさかあいつもそうだって言うんじゃ・・・」
「何びびっているんだ?本当にあいつに食われるとでも思ったのか?」
からかうように笑い出した男の言葉に一番若い男はへなへなと床に崩れ落ちた。
「冗談なのか?やめてくれよ。本気にしちまったじゃねぇか。」
恐怖に顔をひきつらせた男に長身の男は冷やかに笑ってみせた。
「森で怪物に襲われたって話は嘘じゃない。昔オレの親父が目撃したらしい。若い男が何者かに襲われて死んだところを・・・駆けつけたときにはすでに息はしてなくて・・・首筋に血を吸ったような跡が残っていたって・・・」
「そういえばあいつ・・・血のように紅い唇じゃなかったか?」
「・・・?!」
背中に冷たい戦慄が走った。いつのまにか三人は逃げるように部屋から飛び出していた。
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